02
霊堂の所在はすぐに分かる。
円屋根の大きな建築物があれば、大抵そこが霊堂だ。オール教会の霊堂はどこの町でも似たようなつくりをしているから、迷うことなく探し出せる。
ジュテアの町も例外ではなく、表通りに出てぐるりと見回すだけですぐにその影を見つけることができた。東の方角、歩いて十分といったところか。霊堂の位置を確かめてから香水入れをしまいこんだスタンレーは、商店の並ぶ通りに入った。どうせ朝は礼拝の時間だ、行ったところで渡せやしないだろう。ならば先に買うものを買ってしまおうと思ったのだ。
もとよりこの町には食料や馬といったものを得るために立ち寄っただけである。長居する用もないから、あまり宿代で路銀を使いたくはない。明日にはここを発てるようにしておきたかった。
水と馬は最後に用意するから、その分の金額はとっておいて。煙草を咥え歩きながら、頭の中で買うべきものを挙げていく。そういえば煙草も切れそうだ。
何件かの店を回って細かい品をひと通りそろえた頃には、南からやや西よりに日が動いていた。そろそろ頃合いだろうか。荷物を片手に息をついたスタンレーは、ふと目に入った風景が見覚えのあるものだと気がついた。そうだ、あのアルノとかいう少女とぶつかったのが確かこの辺りだった……
「アルノー、そろそろお昼の仕事が始まっちゃうわ?」
のんびり間延びした声を、スタンレーの耳が拾い上げた。普段なら聞き逃して終わっただろうが、いまから訪ねようとしていた人間の名前が出れば、話は別だ。
「も、もうちょっと! ……もうちょっとだけ探してから行く…」
「また先生に怒られるわよ?」
「でも、ニーナにもらったやつだもん」
案の定、二人組の片方は昨日ぶつかったイモ少女だ。きょろきょろと金色の髪を揺らしながらなにを探しているのか、など。考えるまでもない。スタンレーはふたりの傍に歩み寄る。これで霊堂に行く手間が省けた。
「オイ、嬢ちゃんたち」
「え?」
「……あ! 昨日のオジサン!」
昨日はごめんなさい、とふたたび謝る少女の様子に、きょとんとしていた隣の娘も得心したというふうに、一度ちいさく頷いた。
「それは構わねえけどな。……探してるのはコイツか?」
「えっ、あっ…ええ? 何で?」
「ぶつかった後に拾ったんだよ。嬢ちゃんのかな、と思ってとっといたんだが」
違ったか? と訊ねるスタンレーに、感極まるといった表情で少女は答えた。「あってます、あってます! わあ、あ、本当にありがとうオジサン!」
泣いて喜びそうな勢いの少女に、おそらく付き添いで来たのだろう彼女がのほほんと「よかったわねえ」と声をかけている。
「本当に有難うオジサン! これ、友達にもらったやつだからすごく大事で…!」
「……別に構いやしねえが、そう何度もオジサンオジサン言わないでくれねえかな」
「え、え。だって私、オジサンの名前、知らない」
「……もういい」
諦めに満ちた溜息をスタンレーがつくと、今度は緑の目を不満そうにつりあげた。「え。名前教えてくれないの? オジサン」
ころころころころ忙しなく表情を変える様は中々に愛くるしいが、イイ性格してやがる。ひく、と頬を引きつらせた彼を眺めながら、少女のつれはくすくすと笑っている。そんな有様だから、無愛想な声音になってしまったのは仕方のないことだろう。
「……スタンレー・ゼエヴ」
「スタンレー…じゃあスタンね。私、アルノ・イリス!」
無理矢理手を掴まれて、ぶんぶんと上下に振られる。これは握手のつもりだろうか、と半ば他人事のようにスタンレーはそれを眺めた。
「今日はもう戻らなくちゃ行けないから駄目なんだけど。今度お礼させてね!」
「は。いや、そんなのいらねえから」
「だーめ! 恩には報いなさいって先生に言われてるもん」
それはどんな理屈だ。そうスタンレーが返そうとしたちょうどその時に、時計台の鐘が鳴り始めた。
「あああ! まずいよ、早く戻らないと!」
「あらあら、困ったわねえ」
頷きあったふたりの少女は、タイミングを失った彼を放って人を掻き分け走り去ってしまった。まさしく置いてけぼりだ。ばつの悪さを引きずったまましばらくそちらを眺めていたスタンレーだったが、周囲の忍び笑いに気づくとうんざりした様子で額を押さえ俯いてしまった。
「……どうしろってんだ…」
まるで唸るようなひとりごとだった。
多少欠けてはいるが、月は明るい。野良犬がどこかで遠吠えしている。
酒場すらとうに閉まり、だれもが寝静まっている。そんな時刻だ。目配せを交し合いながら彼らは、静かに夜の町を駆ける。
目的の場所は分かりやすかった。月影に照らされて丸く浮かびあがる屋根。町で一番背の高い建物だ、見間違えるはずもない。
見張りの場所は調べが済んでいる。今のところ問題はない。ふたつ先の通りにはすでに馬車も構えている。
計画は順調だ。
「シュルーフ」
「ナーダ」
先に入り込んでいた仲間が、ルートを告げる。
目的はたったひとつ。
「選ばれし血族の娘を、いま一度」
「選ばれし血族の娘を、我らのもとに」
小さく誓い合うように頷いた、そのときだ。
「楽しそうじゃねえか」
俺も混ぜてくれよ。
そう言って、両腕を飾り立てた見知らぬ隻眼の男は、仲間のひとりにナイフをつきつけて、低く笑った。